癌・ギランバレー☆闘病記

がんと闘う父の記録

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 11月29日。嘔吐したらしい。私がホスピスへ着いた時には片付けてあり父は眠っていた。「今度嘔吐したときには覚悟を決めて下さい」と言われていたので気が気ではない。看護士さんに詳しい事を色々聞いた。どうして吐いたのか、嘔吐物の中には血が混じっていたか、量はどうか等、父の今の様子より、そういった事ばかりが気になる。血は混じっていたが量はそんなに多くなく、大量の出血があったわけではないと言う事で、もう一度血液検査をして数値が下がっているなら早急に輸血を考えるとの事だった。少し安心した。しかし、嘔吐した後に着替えをしてもらっている間に父は看護士さんに「もうダメだ」とこぼしたと言う。ドキッとした。私は何をしているのだろう?父は今体力的にも落ち込んでいる。それ以上に精神的に追い込まれている。なのに、私はそんな父の今の事より血液検査の結果や、嘔吐した量、血が混じっていたのかどうか、これから深刻な容態になるのか、そんな事ばかり考えていた。それでいいはずは無い。父を励まし弱っている父を助ける事をしなくては。お水が欲しいと言えば手元に持って行き、弱音を吐くなら父の手を握り、そして何より父の側にいてあげる事が今の私には必要な事なのに。我に返ったという気がした。そして汚したパジャマもシーツも看護士さんが洗濯機で洗っておいてくれた事にも気がついた。お礼を言わなくては。
乾燥機から出した下着は赤黒く染まっていた。洗っても落ちないその色を見て、慌てて父の元へ戻り父の顔を見た。顔色は少し戻っているようで状態としては落ち着いていると感じた。そして私の気持ちも同じように落ち着きを取り戻していった。
夕方、主治医の回診があり「随分顔色が良くなりましたね」と言う言葉に父は笑顔で「そんなにひどかったですか?」と答えた。その会話と父の笑顔を見た時に、大分父の気持ちが変化をしてきたという実感を得た。何があっても返事は首を振るだけ、目を開けて主治医や看護士の顔を見ることもしない、もちろん笑顔だって見せるなんて事は絶対に無かった父が笑顔を見せた。私には父の変化が確実だと感じ嬉しかった。

看護士さんが毎日体を拭いてくれるのだが、その度に父の具合を聞く。しかし父が嫌だと言うと、無理強いする事は無く「じゃ、もう少し様子を見て、調子が良いならその時にしましょうね」と言い、父の気分を尊重してくれる。
痛み止めに座薬を使っているが、体を横に向ける方向も父が向きやすい方向に合わせてくれる。
ガンセンターで一度だけむごいなと感じた事がある。急な痛みが出て座薬を入れるというので私はその間に売店に出かけた。戻ってみると、父はパジャマも下着も下ろしたままの状態で横になっていた。痛みがひどかったために自分でパジャマを上げる力も出なかったのだが、看護士さんは座薬を入れただけでその場をはなれたらしい。あまりに惨めな父の姿に唖然とした。忙しい看護士さんたちの立場も理解できるのだが、やはりこの時の私には怒りがこみ上げてきた。しかし、ホスピスではそういったことは無い。
患者を丁寧に扱ってくれる気がする。ガンセンターが雑に扱うという事では無いが忙しさの余り出来る事も出来ないでいるという事だろう。父の気分や体調を尊重してくれる事は精神的にも楽になるようだ。体がしんどい時に看護士さんや病院の予定に患者があわせるというのは時に負担になる。しかしホスピスでは「今がダメなら、午後からならどう?」というように患者を優先させて対応してくれる。
今日もとても気分が良かったらしく、眠気も無いし楽しく会話をする時間があった。その時に看護士さんが「体を拭きましょうか?」と父の元へ来た。父は口を「へ」の字にして、急に言葉を発しなくなる。ただ首を横に振るだけ。余程嫌だったのだろう。しかし看護士さんが「じゃ、又後にしましょうか?」と父の意見を伺うと、気分は直って「そうする。今は嫌なんだ」と言い「ありがとう」と付け加えた。今までと違い、全てを拒否していた父は、看護士さんに我がままを言えるようになったのだろう。
毎晩、私がホスピスから帰るときには「痛みが出た」等と言い出す事が多い。一人ホスピスで過ごす夜は寂しさと不安で一杯になるのだと思う。しかしホスピスへ来てから初めて私がいる間に眠りについた。この日、「お腹が空いてきたから、何か食べ物を買ってきて欲しい」と言い茶碗蒸しとゼリーを口にした。ここの所一口、二口は食べ物を口にしていたが自分から空腹を訴えたのは何時が最期か思い出せないほどだった。その後テレビを見て一緒に笑い和やかな時間が過ぎていった。夜10時を過ぎたら「もう眠る」と言うので「じゃ、邪魔になるから帰るね」と言うと「そうだな、もう帰ったほうがいいぞ」と答え布団をかぶる。帰り支度をする前に父は眠りについていた。驚いたが、とても嬉しい驚きで父の精神状態が安定している証拠なのかもしれない。
 

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