癌・ギランバレー☆闘病記

がんと闘う父の記録

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  そして、自宅に戻り父を家で下ろして、病院の処方箋をもらう事を理由に家を出た。そして、隠れて泣いた。泣いても泣いても涙は枯れない。
 しかし私には仕事が残っている。処方箋をもらいに薬局へ行かなければ。本当なら大した事ではないのに、この時の私にはたったそれだけのことがとてもしんどい仕事に思えた。なんとか薬局へ到着すると医師は鎮痛剤を処方してくれていなかった。忘れているのか?薬局の薬剤師が医師に連絡を取り処方してもらったが、そんな情けないことで父の主治医を任せられない、と感じた。  そのまま家に帰ってもまだ涙を隠す自身が無いためその足でお稲荷さんへ行った。父が会社を経営している関係で、毎月行くお稲荷さんだ。そこで、私が父に涙を見せないよう力を与えてほしいとお願いをした。そして父が一日も長く元気でいられるよう、釣りにも行けるよう、いや、出来るなら癌を体から消して欲しいとお願いをした。涙はどこから出てくるのか?手を合わせるだけで涙はあふれて流れる。しかし、どれほど手を合わせていただろうか?さっと涙が消えていった。なんとなく「力を貸すからもう泣くなよ」とでも言われたような不思議な感覚だったのを今でも覚えている。そのせいか何食わぬ顔で家に帰りいつも通りにすることが出来た。その夜、父は「こんなに痛くて、潰瘍もひどいのに注射の1本もしない。本当は癌で手遅れということか?」と不安がる。なんと嘘をついたのか記憶に残っていない。それにしても父も私と同じ様な不安を抱いていたのである。
 翌朝、父は痛み止めが夜中に切れたらしくその後は一睡も出来なかったらしい。我慢することはないから鎮痛剤を飲もうと言っても「食後に飲むようにと書いてあるのに、何も食べたくないし食べられない。だから薬も飲めないのだ」と言う。一口でも口にしたら薬は飲んで大丈夫だと励まし、チーズとおかゆ、それと暖めた牛乳を用意した。薬を飲めると安心したのか、それまで何も食べられないと言っていた父はチーズもおかゆも牛乳も全部食べた。私たちはついつい頑張ってと励ますが、それより安心を与えることのほうが時に大切なのかもしれない。

 少し痛みが落ち着いたようで「あの医師が何もしてくれないのはひどい。何とかするのが医者だ」と不安を私にぶちまけた。確かにそうだ。とても感じがよく、患者を気遣ってくれていい先生だと今でも思う。しかし、父が医師に対し疑問を持ってしまったし不安にもなっている。それも当然だと思う。私も同じような不安を感じて、不安は増していく。第一この状態で来年を待つなんて余裕を持ってもいいのだろうか?
 その時の父の様子は痛みを通り越し苦しいほどの様子だった。今まで先週まで働いていた人間とは思えないほど衰弱している。正直言って、私は逃げたかった。こんなに苦しむ父を見て何も出来ない。助けるすべも知らない。医師も何もしてくれない。これ以上苦しむ姿を見ることは耐え難い。そして一番私を苦しめたのはここまでになるまでに何故気がつかなかったのだろう?なぜこんなになるまで働かせてしまったのだろう、という自分を責める気持ちだった。

我が家には恭平、ジュディー、さくらという3匹の愛犬がいる。この日、愛犬3匹がよりにもよって3匹並んで父の様子をじっと見ている。じゃれ付くこともしない。その表情はいかにも心配そうだったし、大体3匹揃って同時に父を見つめるなどということは、おやつをもらう以外では考えられない。その犬の様子を見て、父は口に出さないだけで私や母が想像している以上の痛みと苦しみがあるのかもしれない。痛いとも言わないで耐え、そして治療をしてもらえかなった不安を抱え、それらを一人で我慢している。父も逃げたいに違いない。痛みから解放されたいに違いない。
 この愛犬たちを見ていてある獣医師の話を思い出した。2匹目をペットショップで購入したとき、すでにこの子は伝染病にかかっていた。発病をしたために動物病院へ連れて行ったが、獣医師に「治らない病気だからペットショップに返しなさい」と言われてしまった。まるで品物を扱うような態度に愕然とした。しかしこのまま放置すれば死は免れない。それで納得できるはずはないので獣医師を変えた。「治療すれば可能性はある。しかし、苦しむ姿を見るのが辛く、私たちに入院という形で預けてしまう飼い主が多い。その場合助かる可能性は低い。でも家族がその辛さを乗り越え、あきらめず頑張ればこの子も答えてくれる。運悪く助からなくてもこの子も愛情を知るだろうし、あなたも後悔が残らない。第一返すなんて人間のエゴです」という内容のことを言われた。今の私に当てはまる言葉のような気がする。「飼い主があきらめたらこの子もあきらめる」とも言われた。「家族があきらめたら父もあきらめる」と言い換えることが出来るだろう。そして、父が苦しむのを見るのが辛いから見ないようにするのもとんでもない事だ。一緒に戦おう。しっかり父を見て最善の道を探そう。余命告知が何だ!絶対釣りに行くんだ!獣医さん、ありがとう。この経験があったおかげで私は今を乗り越えることが出来ます。

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