癌・ギランバレー☆闘病記

がんと闘う父の記録

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  そんな時、以前に入院した時の父の担当の看護師さんに病院の廊下でばったり会った。立ち話をして色々と為になる事を教えてもらった。私の想像したとおり、「今すぐどうにかなるという状態ではないが、これからもっと状態が悪くなっていくだろうから心の準備は必要な時期である」という事だった。これは私にとってはとてもありがたいアドバイスだった。もっとひどい状態になるというのはもう少し前なら素直に聞き入れる事は出来なかったと思う。しかし今の父の状態が最悪だと思っていた場合、もっとひどい状態になったら自分は救いようの無いところまで落ち込み、取り乱す事は間違いない。
 恭平の時がそうだった。獣医師が恭平は数ヶ月は無理だが数週間は大丈夫と言った。しかし悪化する恭平の容態に私は混乱し悲しみと恐怖を感じオロオロした。急にぐったりした恭平を2箇所通っていた動物病院のもう一つの方へ連れて行くと「あと2,3日」と言われた。その時に私は獣医師に反抗した。そんなはずは無い。あと数週間は大丈夫と言われている、何らかの処置をするなら又元気になるはずだと。現実が見えなくなっていたのだと思う。しかし病状の説明を聞き「出来る限り一緒にいてあげてください」と言われた時に私は自分がどうにかなる程苦しい思いをした。そして自分を責めた。もしもっと早い時点で「心の準備を」と言われていたら容態が悪化して取り乱す時間を恭平のためだけに使い、「よく頑張ったね」と恭平を抱きしめていたに違いない。

 父も11ヶ月に及ぶ闘病生活で心身ともに疲れた。しかし非常に辛い状態になっても頑張ろうとしている。そんな父の容態が悪化したからといって自分が泣き叫ぶ事はしたくない。父が死を確信したからと言って取り乱す事はしたくない。それより今の父が望む事をかなえる努力と、今まで頑張った父にねぎらいの言葉をかけたい。それに父があきらめの気持ちを持とうと、頑張る気持ちになろうと、私はうろたえることは無く、ずっと父と同じ目標に進んでいくだろう。
 
ホスピスの方は、まだ連絡が来ない。父は個室に移り居心地がよくなったようで、容態も安定してきてホスピスに対して不安を漏らすようになった。治療に対しての不安が一番大きいらしいが、どうやら話を聞くとKK主治医をとても気に入っていて離れたくないようだ。痛みをとってくれたのはもちろん、治療をしないとなっても見放すことなく熱心に父に対応してくれる。私も正直言えば、父が最期の時を迎えるとしたらこのKK主治医に最後まで父の傍にいて欲しいとすら思っているので、父と同様私も先生に対して同じ気持ちを持っていることになる。以前「主治医と相性が言いと、患者はもちろん身内の方も安心できる」と教わった事を思い出して、今更ながら父と私は恵まれた環境で治療を受けていたと感じた。やはり、癌と戦うには、こうした、いい主治医とめぐり合う事は大切だとつくづく感じた。そして病院に対する信頼や看護師さんの対応、それらも同じように大切な事だと思う。N看護師長さんはとても素敵な方で私も何度もこの方には相談に乗っていただいた。適切なアドバイスと温かい心はいつも私を助けてくれた。なんとなく、ガンセンターを離れる事に対して私も少し寂しさを感じ始めたのだろうか?父の言葉を聞いたためだろうか?ガンセンターを離れる日がずっと先であればと願ってしまう。

 待つという事は、余り長くない方がいい。気持ちも変わるし、状況も変わる。どちらもいい方へ変わっていくのなら歓迎だが、そうでない場合は厄介な問題も持ち上がる。
 11月10日、ホスピスから連絡があり、14日に部屋が空いたという。ホスピスへの引越しが決まった。とうとうという印象が正直なところで、今までガンセンターにいるならひょっとして体調が少しでも戻って治療をする事が出来るかもしれないという、かすかな希望が、治療はしないけれど緩和治療に専念し、父との時間を有意義に過ごしたいという希望に変わっていた。
 父は引越しの日、看護師さんや先生と涙を流しお別れをした。今までありがとうと言った父の言葉には感謝の気持ちと長い間お世話になったガンセンターへの未練を感じ、私もこれでお別れになると思うと寂しさがこみ上げてきた。これは、ホスピスへ行かなくてはならないという寂しさではなく、本当に皆さんにはお世話になり、辛い時に助けていただいた、そんなつい今までの出来事が思い出になってしまうという、寂しさだった。 転院すると聞きつけた前の部屋の人たちが父にお別れを言いに来てくれた。父は本当に喜び、新しく出来た自分の友を「頑張ってくれよ。俺は大丈夫だからな」と励まし、そして別れを告げた。 これからホスピスでの新しい生活が始まる。ここでは父が落胆しないようにという期待が大きい。治療をあきらめたから全てを悲観するのではなく、辛い治療はもうしなくてよいのだから、生きている今のこの時間を穏やかに和やかに過ごしたい。

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