ダックスの恭平4

弟は日中は、ジュディーと一緒に出勤し、夜は家で面倒をみていた。仕事場では、少ない従業員だったがその従業員にも可愛がられ、まるでお姫様のように可愛がられていた。愛嬌もよく、いたずらも少なく、無駄にほえる事も無い。全く手間のかからず大人しい。恭平の時とはえらい違いだ。恭平だったら、何でも口にし、何でもおもちゃにし、何にでも興味を示す。目が離せないという印象だったが、ジュディーのいい子ぶりには驚くものがあった。それに、お手を教えても直ぐに覚える。お座りだってなんのその。恭平は、教えている最中から横を向いたり、隙を見て走り去ったり、と芸を覚えるなんてこの子には無理、とあきらめる程だった。

しかし、女の子というだけでこんなに違うのだろうか?気になる事が一つ。ご飯をたいらげる速度が異様に速い。タイムは一回の食事に対し、30秒。足りないかもしれないという獣医師のアドバイスに従い、量を増やすと、お腹はパンパンを通り越して、破裂しそうなほど食べる。いくらなんでも食べすぎだ。この事は今でも唯一問題となっていて「何でも食べる」変わり者の犬として我が家では扱われている。恭平と後に生まれるさくらは、好き嫌いが激しく、匂いを嗅いでから食べるが、ジュディーだけはにおいも嗅がず、何でも口にする。ま、何でも食べる変わり者ではなく、好き嫌いの無い良い子としておこう。

生後3ヶ月を過ぎ、2度目のワクチンをうってから、ジュディーを恭平と対面させた。恭平は全く無視。それに自分のおもちゃを持ってきて、ジュディーに見せる。しかし、あげる訳ではない。見せびらかし、ジュディーが近づくと走り去る。大人しいジュディーは追いかけるものの、恭平に触る事も出来ない。これは恭平にとっては割りと納得のいく事であったようで、「僕の家、僕の家族、僕のおもちゃ、全ては僕のもの」というテリトリーを侵す事は無かった。案外いいコンビになるかもしれない。そして、ジュディーはまだ2階へ上がる事は出来ないので、寝るときは下の階で母と寝ていた。朝方階段の上を見て「クゥン、クゥン」と鳴く。恭平を呼んでいるのだ。恭平は階段の上から見ていて「フン、2階は僕とねえちゃん(私)の場所だよ」と言っているよう。意地悪だ。しかし、徐々にそれも無くなり恭平はジュディーを受け入れていった。

外の散歩へ連れて行けるようになり私の楽しみも増えた。リードをつけなくてもこのあたりは静かで車の通りもほとんど無い。そのためリードをつけずに恭平は散歩をしていて、同じようにジュディーもリード無しで一緒に散歩した。と、正面から自転車が。ジュディーはものすごい勢いで逃げ出した。あれ?なんで?まさか自転車が怖いの?うそでしょ?そうである。ジュディーは小心者であった。

雷がすごかった日、恭平は私に甘えてくる程度だったが、ジュディーはガタガタ振るえ出した。そしてなんとか隠れようと隠れる場所を探している。しかし、頭を突っ込んでもお尻が隠れない。そのお知りの震えはジュディーが感じている恐怖を表しているのだが、何もそこまで怖がらなくてもいいのではないかと、疑問に思うほどだ。しかし、いくら大丈夫となだめても効果はない。私としてはあまり怖がるより、大丈夫だと教える方がジュディーのためだと思ったのだが、それはあきらめた方がよさそうだ。

そんなこんなで、すくすくと成長し、女の子になり、そろそろ念願の赤ちゃんだ。2度目の女の子の時、願いはかなった。このときジュディーは1歳半。そして無事妊娠。しかし、ジュディーは何時までも子供のようで、赤ちゃんが赤ちゃんを出産するのではという程子供っぽい。それに体も小柄。心配だったけれど、獣医さんは「大丈夫、きちんと出産できますよ」と言ってくれた。そして何匹赤ちゃんがお腹にいるかをエコーで検査。3匹だ!!!!!!すごい!!!!ワクワク、ドキドキ、とにかく楽しみで仕方ない。

そして、出産のとき。
おろおろするのは私と母で、どうしていいか判らない。ジュディーも私に「一緒にいて」といわんばかりに私について回る。獣医さんが電話で対応してくれて、「お腹が痛くなってどうしていいかわからないし、不安だからです。一緒にいてあげてください。そしてそのほかは何もしなくていいです。自分で全てできるものです」とフォロー。

その通り、お産箱にジュディーを入れて母と私でお産箱を囲うようにして見守っていると、1匹目の赤ちゃんを出産。女の子だ!!!!!!想像以上に小さく、真っ黒で、でもしっかり動いていて、ミーミー鳴いている。元気な赤ちゃんだ。そしてあるか無いかわからないほどの短い手足でズリズリ、ジュディーのおっぱいにたどり着き、おっぱいを飲み始める。素晴らしい生命力だ。感動した。

15分後、男の子出産。2時間後、再び男の子を出産。どの子も皆、元気でミーミーいいながらおっぱいを吸い始め、ジュディーは母親の顔になっている。よく頑張ったねと誉めた。ジュディーは一生懸命自分の赤ちゃんをなめ、おっぱいを吸う子供達をとても温かいまなざしで包んでいる。さっきまで不安で私について回った時とは全然違い、安心と満足を感じているようだ。幸せそうな表情と言ってもいいだろう。きちんと出産できるか、育てられるか、などという不安は全く無くなり、ジュディーの母親としての態度に私は感動するしかない。

恭平は?今までに見たことも無いような驚いた表情でお産箱を覗いている。それも、私や母の隙間から覗き見ていて、赤ちゃんがミーミーと言うと首をかしげてみせる。不思議で仕方ないのだろう。しかし、段々慣れてきて、赤ちゃんの匂いをかごうとしたその時!!!!ジュディーに噛み付かれた。

犬の社会ではオスは育児に関わる事はできないらしい。この後も覗き見はできるが赤ちゃんの近くによることは許さなかった。かわいそうな恭平。今まではジュディーの上に立ち、威張っていたが、出産後はジュディーには勝てない。完全に尻に敷かれた。

あるときジュディーがトイレに行ったその隙、恭平はお産箱に入り、赤ちゃんの匂いをやっとかぐことが出来た。そこにジュディーがトイレから帰って来た。やばい。もちろん、恭平は恐ろしい勢いでジュディーに噛付かれそれに終わらずすごい勢いで吠え付かれ、慌てて退散。完全に立場は逆転だ。

そして1週間ほど、子育てに集中する期間らしい。トイレ以外はお産箱から出ないし、私たちと目が合うだけでウゥッと怒る。唯一怒らないときは自分のご飯を運んでもらうときだけ。赤ちゃんの体重を測定したいが、目が合うだけで怒られていては出来るはずも無い。今では一家で一番えらいのはジュディーだ。お願い、ジュディー様、赤ちゃんを触らせて!!!!!

赤ちゃんの目が見えるようになったらしい。小さな目をパチパチさせて、兄弟同士でじゃれあったりするようになった。この頃は、ジュディーの機嫌がいいと、赤ちゃんを触らせもらえる。最高に幸せだ。手のひらサイズだったのが、両手を必要とするほど成長している。ジュディーのご飯は、動物病院で購入したペースト状のもので、産後の母親犬にも、離乳食にも使えるものをあげていた。少し高いのだが、授乳の間は母親はものすごい栄養が必要で、かなりの量を食べる。

ある日、ジュディーにご飯を運んであげてその場を離れたすると1匹の赤ちゃんがそのご飯の中に顔を突っ込んでいて、動かない。完全に鼻と口はえさの中。ペースト状なので埋まっているという感じだ。私は「えさの中で溺れてる」と思った。ご飯の中で窒息死。これではしゃれにならない。とっさに抱き上げてみると、動いている。あ、良かった。溺死は免れた。しかし冷静になって見るとムニャムニャ口を動かしている。お産箱に返してあげると、又、ご飯の方へズリズリ這っていく。つまりご飯を食べていたのだ。これは私の早合点であった。足が完全に立たないときだったので、顔を突っ込んだら足が立たなくて動けなくなったと思ったのだ。そしてこの子は後にさくらと命名される。

どの子もすくすく成長し、私は愛情がどんどん移り、時間の許す限り赤ちゃんと過ごした。歩き始めるとどんどん可愛くなる。離乳食をあげるとえさの中に手足を突っ込んだり、顔中離乳食だらけになったり、結構大変なのだがこの世話がまた楽しい。しかし、そろそろ里親探しをしなくては。。。。

動物病院でも心当たりを探してくれるといってくれて、その言葉どおり、一人の女性が欲しいと言ってくれた。獣医さんもペット・ショップから購入するより、病気の心配はないし、健康状態もいいので自信をもって紹介してくれた。しかし、どうしても1匹は手放したくない。私の希望は、恭平の子供が子供を作り、その子供がまた子供を作り、ずっと続けて行きたいと言うことだった。しかし母は「3匹なんて」と言うのが口癖であきらめかけたその時、弟が飼ってもいいと言い出した。よし。2匹目の里親はこれで決まり。あとは最期の1匹だ。

しかしなかなか見つからず、ペット・ショップにもって行くと母は言い出した。なんとか家から家という形でこの子の里親を探したい。シンディーのように、病気をもらったりしないためにも、そうしたかった。どうしたらいいのか?なんて考えながら恭平を父の仕事場の近くの公園に連れて行った時のこと。数人の女性が恭平を見つけて「可愛い」と集まってきた。その中の女性がちょうど犬を飼う事を考えていると言った。事情を説明すると、直ぐに我が家に見に来てくれて、翌日この女性の家族が里親となった。タイミングというのはこんなものだろうか?

そして、里親の家に行く日。もっと悲しいかと思っていたけれど、とても嬉しかった。どちらの里親も、とても素敵な方で、愛情を持って接してくれるに違いないと確信していたからだろう。新しい家庭で愛情を持って可愛がられる姿は容易に想像ができた事も事実だ。

最期の1匹。弟が里親になる予定の女の子はまだ家にいる。無責任な弟は一度は自分が飼うと言っておきながらいまだに連れて行かず我が家にいる。「3匹も」と言っていた母もこの子の可愛さには勝てない部分があり、弟が「いつ連れて行くのだ?」とあまりしつこくは言わない。父も「Tの所(弟)よりここにいた方が幸せだろ?」なんて弟のことを当てにしていない。母の様子を見て、我が家で飼っても良さそうだと判断し、名前を考えた。ちょうどさくらの咲いていたときに生まれた子だから「さくら」にしたと世間には説明しているが、実は違う。長くなるからそう説明しているだけで、本当は「恭平」は皆が割と驚く。面白い、とか人間みたいとか、名前だけ聞くと私の子供だと思ったとか、ひどい人は「しょうへい」とか、「こうへい」とか聞き違える。そして「ジュディー」は「ジョディー」とか「ジュリー」とか間違えられる。近所の「Iさん」はいまだに「ジョデ」と呼ぶ。特に年配の方々には、理解しにくい発音らしい。私の発音が悪いのも理由だろうか?

それに比べて、「さくら」はどう間違っても「さくら」と覚えてくれる。「姫」と言うのも私の中では候補にあったが、公園で大きな声で「ひーめー」なんて呼ぶことができるだろうか?ちょっと恥ずかしい。それに姫と呼べるほど美しくもないし、可愛くもないと思われた悔しいじゃないか?しかし本人は(さくら)自分を間違いなくお姫様と思っている。やっぱり「姫」でよかったか????

さくらは、母親と父親との間でいろいろな事をスポンジのように吸収していった。ジュディーが庭に穴を掘ればさくらも穴を掘る。ジュディーが昼寝をすれば昼寝。ご飯を食べるとご飯。行くところへは何処へでもついて行くし。しかしさすがに階段は上がれない。下からキュンキュン言っているが、ジュディーは自分で覚えなさいとでも言わんばかりに無視をする。ただジュディーが階段を上がる姿をじっと見ていて、何度も挑戦をする。何度か失敗をした後に成功し、今では3匹の中で一番階段のぼりが早い。かなりのスピードである。お手や、お座りをジュディーと恭平がすると誉められる。するとその誉められた姿を観察し、一度も教えた事が無いのに「お手」をした。これにはさすがに私も驚いた。覚えた人間の言葉の数もさくらが一番多い。要領のよさと愛嬌を自分の見方にしたさくらは結局私の両親のアイドルとなった。私は恭平が1番。ジュディーが2番。さくらが3番という態度を崩すわけにはいかない。恭平とジュディーの子供だからこそかわいいのだから、まずこの両親を大切にしたいと思う。

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